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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2205号 判決

控訴人 旺山清市

被控訴人 国 外一名

国代理人 越智伝 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人が当審においてなした被控訴人国に対する予備的請求もこれを棄却する。

控訴審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し各自金三〇万円及びこれに対する昭和二九年六月六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、なお予備的請求の趣旨として、「被控訴人国は控訴人に対し金三万七千円及びこれに対する昭和二九年六月六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人国の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。被控訴人らの指定代理人は、控訴棄却の判決を求め、なお被控訴人国の指定代理人は予備的請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、予備的請求の原因として、「被控訴人国は本件自動車を昭和二四年九月に接収して以来、全く何らの手入も運転もすることなく、暫く控訴人方倉庫に保管せしめた後、戸外に牽引して雨ざらしのまま放置し、これが朝鮮人連盟の所有物であるとして昭和二六年一月これを金三万七千円の代価で競売し、右代価たる金額を国庫に帰せしめ、現にその利益を存している。しかるに、本件自動車の所有権は控訴人にあるのであるから、右競売による代価の国庫帰属は法律上何らの原因なくして控訴人の財産に因つて、利益をうけているに帰し、控訴人は被控訴人国の右不当利得のために損害をうけているのであるから、被控訴人国は控訴人に対し、右代価金三万七千円並びに本件訴状送達の翌日たる昭和二九年六月六日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による損害金を支払うべき義務がある。と述べ、被控訴人指定代理人等において、「本件自動車を売却した日時は、昭和二六年一月一八日であるから、右日時より起算し、三年の消滅時効の完成によつて、控訴人主張の損害賠償債権は消滅したものである。」と釈明し、なお被控訴人国指定代理人において、控訴人主張の予備的請求原因に対する答弁として、「本件自動車は、解散団体の管理及び処分等に関する政令第六条の規定に基き、昭和二四年一〇月三一日以降、控訴人に看守せしめていたが、その後昭和二六年一月一八日在日本朝鮮人連盟富士分会所有の財産として、これを金三万七千円にて売却し、その金額を国庫に納付したことは認めるも、その余の控訴人の主張事実を争う。」と述べた外、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

証拠の提出、援用、認否〈省略〉

理由

被控訴人国の委任を受けて「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」(昭和二三年八月一九日政令第二三八号)に基く国の職務を執行していた被控訴人静岡県の県知事小林武治及び同県富士地方事務所総務課長芦沢嘉彦等が本件貨物自動車(ニツサン一九四二年式、三方開、車輌番号四〇八八号、車台番号〇二一八〇一〇二一八二号機関番号〇二一八〇一〇三九六五号)を団体等規正令に基く解散団体たる在日本朝鮮人連盟富士分会所有の財産と認定して、次の如くこれを国庫に帰属せしめる接収処分手続を行つたこと、即ち(イ)昭和二四年九月九日右芦沢は控訴人方に赴き、本件自動車を右の理由により接収する旨口頭で通告し、(ロ)同年一〇月三一日右県知事は前記政令第六条に基き右自動車について控訴人に対し、保全命令を発するとともに、控訴人に保管を命じ、(ハ)翌昭和二五年七月七日右保管を解除して県知事の直接占有に移し、(ニ)翌昭和二六年一月十八日同政令第七条第三項の規定に基き、これを代金三万七千円で他に売却した、ことは当事者間に争がない。

控訴人は、右自動車は控訴人の所有に属するものであるのに、公務員たる被控訴人静岡県知事小林武治並びに同県富士地方事務所総務課長芦沢嘉彦等が過失によつて、本件自動車の所有関係の認定を誤まり、前記接収処分手続をしたものであるから、控訴人は違法な公権力の行使によつて損害を蒙つたと主張し、被控訴人等は、右主張を否認し、本件自動車の所有権は控訴人にあるものではなく、仮に控訴人の所有であるとしても、接収処分手続につき前記各公務員には何ら過失がないと抗争するので、以下これらの点について考えてみる。

本件自動車につき当初控訴人名義で自家用貨物自動車新規使用承認願及び自動車登録届が所轄吉原警察署に提出されたことは、当事者間に争がなく、右の事実と成立に争のない甲第一、二号証の各一、二、第六号証の三、原審証人小林一甲、加藤新吉、杉山政雄、望月俊直の各証言、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人は昭和二二年三月一〇日訴外株式会社岡野栄泉堂から、本件自動車を買い受け、その引渡を受けたことが認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。尢も、成立に争のない乙第三、四号証(県税領収証書)、乙第五号証の一(自動車車輌検査申請書)、第六号証の一(自家用貨物自動車新規使用承認願)、第七号証(自動車登録届)等によれば、朝鮮人連盟富士支部なる記載が存するけれども、これは後に認定するような事情によるものである。すなわち、前記証人杉山政雄の証言、原審証人鶴見富士男の証言と原審における控訴人本人の供述を綜合すれば、控訴人が本件自動車を買受けてから、当時富士南部自家用自動車組合長であつた行政書士大塚鉄太郎に登録等の手続方一切を依頼したので、同人は控訴人名義で自家用貨物自動車新規使用承認願及び自動車登録届を作成し、一件書類を添えて、昭和二二年四月一八日附で前示の如く、所轄吉原警察署に提出したところ、当時燃料統制の関係から個人で自家用自動車を所有使用することが許可され難い事情にあることを、同署の担当係官鶴見富士男から聞かされ、大塚はこれを持帰つて、控訴人の承諾を得た上前記使用承認願及び登録届の控訴人名に「大日本朝鮮人連盟静岡県富士分会代表者」なる肩書を附加記載して再びこれを提出したところ受理され、そのため本件自動車について右分会名義で使用承認及び登録がなされたものであること、控訴人は当時前記在日本朝鮮人連盟静岡県富士分会の会員ではあつたけれども、その代表者ではなく、また本件自動車を右分会に譲渡したこともなく、前示分会名義はもつぱら使用承認を得、登録をするための便宜上これを使用したものであること、本件自動車登録の経緯が右のとおりである関係上、控訴人は前示組合を介して、本件自動車の税金を納入し、また登録名義と一致させるように、控訴人の肩書に右分会名義の記載をして自動車車輌検査申請書を提出したものであることが認められる。従つて前記各証拠によつてはいまださきの認定をくつがえすに足りないし、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

果して然らば、本件接収処分手続は、解散団体たる在日本朝鮮人連盟静岡県富士分会の所有物でなく、控訴人所有の物件に対してなされたものというべきではあるけれども、成立に争のない乙第一ないし四号証、第六号証の一、二、第七ないし九号証、原審証人鶴見富士男、原審並びに当審証人芦沢嘉彦の各証言を綜合すれば、次のように認められる。

昭和二四年九月八日静岡県地方課から同県富士地方事務所に対し、在日本朝鮮人連盟が解散団体として指定されたから、その管内各分会の財産を接収するようにとの指示があり、同日同地方事務所の厚生課長井口主事が朝鮮人連盟静岡県富士分会に赴き、自動車一台を接収して封印をして来た旨同地方事務所総務課長芦沢嘉彦に報告があつたので、芦沢は翌九日部下職員四名とともに、本件自動車の在つた倉庫(富士分会事務所より少し離れた所にあつた)に赴き、右自動車の車体検査票を調べたところ、大日本朝鮮人連盟静岡県富士支部なる記載があつたので、その所有自動車と認定し、これを接収する旨を、そこに立会つた者に、口頭で告知し、車は破損が甚しく動かせなかつたため、現状の侭保管するよう依頼し、車体検査票だけを持ち帰つた。その際控訴人がその場に居合わせたかどうかは、芦沢らにおいて、同人を見知らなかつたのでわからなかつたが(控訴人本人の原審並びに当審における供述によれば、当時控訴人は不在で右接収には立会わなかつたことが認められる。)何人からも異議の申出がなかつた。ところが、その後一週間か一〇日位後に控訴人から右地方事務所に対し、陳情書を提出し、本件自動車は便宜上連盟名義で登録、使用承認を得たもので、真実は控訴人の所有であるから、接収を解除して欲しいとの申出があつた。しかし、地方事務所には接収解除の権限がないとして、芦沢は控訴人に対し、県の地方課に話を通ずると答え、且書類を右地方課に持参するように告げた。

その結果被控訴人県の係官は、富士地方事務所その他に対し調査を命ずると共に、自らも当時の関係書類たる吉原警察署長の副申書、自動車使用承認願、自動車登録届、使用承認書等につき調査した上、本件自動車の自動車税が在日本朝鮮人連盟静岡県富士支部名義で納入され、また同連盟富士分会名義で使用承認願及び登録届がなされ、右名義で使用承認され登録されていることなどから、控訴人の右陳情の趣旨を肯認できないものとなし本件自動車を前記富士分会所有のものとして、接収手続を維持継続した。

以上のように認められる。以上認定の事実に徴すれば、芦沢が本件自動車の車体検査票の記載だけで、右自動車を在日本朝鮮人連盟静岡県富士分会所有の財産と認めて接収を執行したことは、前記認定の段階においては、やむを得ないことであつて、これを芦沢の過失ということはできない。控訴人は、右自動車は当時控訴人方に格納してあり且その車体には控訴人の氏名がペンキで書いてあつたと主張するけれども、仮にそうであり、芦沢が右の点を調査することによつて、これを確かめ得たとしても、これにより直ちに車体検査票における記載の事情が判明するものとは言い得ないし、車体検査票による芦沢の右認定を容易にくつがえし得た情況にあつたと認められる証拠もないから、芦沢が右の調査をしたか否かにかかわらず、芦沢に過失がなかつたとの右判断を左右するに足りない。同様に使用承認願(乙第六号証の一)、登録届(乙第七号証)等に、控訴人名義の肩書にペンをもつて大日本朝鮮人連盟静岡県富士分会なる文字が書き込まれていることが明らかであるけれども、これにより直ちに控訴人の陳情の趣旨どおりに認定しうるものといい得ないから、控訴人の接収解除の陳情後被控訴人県の係官が前記調査の結果接収を維持継続したことについても過失はなかつたものというべきである。

してみれば、前記公務員に過失あることを前提とする控訴人の国家賠償法による損害賠償の請求は、失当であるから、これを棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとする。

よつて、次に、当審における控訴人の予備的請求について考えるに、在日本朝鮮人連盟静岡県富士分会所有の財産として接収された本件自動車が昭和二六年一月一八日「解散団体の管理及び処分等に関する政令」第七条第三項の規定に基いて売却され、その代金三万七千円が国庫に納入されたことは当事者間に争がない。しかるに、右自動車が控訴人の所有であつたことは、さきに認定したとおりであるから、被控訴人国は、控訴人の損失において利得したこととなるけれども、右は本件接収処分に基いて生じたものであるから、右接収処分が絶対無効であるとか取消されない限り(尢も接収処分は、占領下の特殊事情に基くものとして、その効力を争い得ないものとされている。)被控訴人国の右利得はいまだ法律上の原因のない利得ということはできない。従つて、不当利得を理由とする控訴人の予備的請求は失当であつて棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)

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